ヒト造血幹細胞のエピゲノム編集、分化後の血小板凝集低下と遺伝子抑制の持続を確認
血小板産生の起点で遺伝子を制御
ヒト造血幹・前駆細胞(HSPC)の遺伝子発現をエピゲノム編集で抑制すると、そこから作られた血小板の凝集能も低下することが、前臨床研究で示された。研究チームは編集ツールCHARMでITGB3の発現を抑え、細胞の増殖・分化やマウスへの移植後も抑制状態が維持されるかを調べた。bioRxivのプレプリントであり、ヒトの血栓予防効果を検証した臨床研究ではない。
アスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬は、血栓の予防や治療に使われる。ただし長期間にわたり毎日服用する必要があり、服薬の継続が難しい場合や、一部の患者でみられる薬剤抵抗性が効果を制限する。研究チームが着目したのは、血小板が造血幹細胞(HSC)から巨核球を経て、絶えず作られる点だ。起点となる細胞に設定した遺伝子抑制が、後続の細胞にも引き継がれるかを検証した。
ITGB3の抑制と移植16週後の持続性
研究チームはCHARMを作るメッセンジャーRNA(mRNA)と標的を指定するガイドRNAを、エレクトロポレーションでヒトCD34+ HSPCに導入した。CHARMはDNA塩基配列を変えず、標的部位にメチル化を誘導して遺伝子発現を抑える。ITGB3は血小板凝集に関わる受容体インテグリンαIIbβ3の構成要素をコードする遺伝子だ。
編集した細胞を成熟巨核球に分化させると、平均約90%がITGB3タンパク質であるCD61陰性となった。この数値は血栓予防率や凝集低下率を示すものではない。機能試験では、培養由来の血小板を健康なドナーの血小板と混ぜ、凝集誘導物質で刺激した。ITGB3を抑制した細胞に由来する血小板は、対照群に比べ、ドナー血小板と凝集する能力が低かった。
標的部位のメチル化は長期培養中も、3回の連続コロニー再播種でも維持された。ヒトHSPCを免疫不全マウスに移植した実験では、16週後に回収したヒトCD34+細胞でもメチル化が保たれていた。これらを再び巨核球に分化させると、平均約80%がCD61陰性だった。生着と主要な血球系統の構成も対照群と同程度だった。ここで示されたのは、回収後に再分化させた細胞での発現抑制であり、マウスの循環血小板の機能を直接測定した結果ではない。
遺伝子抑制の解除には別のツールを使った。CHARM処理細胞に脱メチル化ツールTET1-dCas9のmRNAを2回目のエレクトロポレーションで導入すると、標的部位のメチル化が低下し、CD61の発現が回復した。同じCHARMで抑制の誘導と解除の両方を行った実験ではない。
血栓予防効果と出血に関する安全性は今後の課題
今回の研究は、一時的に導入した編集ツールが引き起こす遺伝子抑制が、細胞の増殖と分化後も続くことを示した。研究チームはGP1BB、ANO6、SERPINH1など、ほかの血小板関連遺伝子でも発現抑制と各標的に関連する機能変化を観察し、適用範囲を探った。
ただし移植マウスではヒト血小板の産生が少なく、生体内の血小板機能や血栓形成を評価できなかった。効果が生涯続くか、患者の体内で抑制状態を解除する方法があるかも確認されていない。ITGB3の機能喪失は出血性疾患と関連するため、凝集の抑制が止血能力に与える影響も検証が必要だ。
分子解析では、隣接する遺伝子MYL4の発現上昇が観察された。DNAメチル化に基づく抑制には、CpGに富み、もともとのメチル化レベルが低い調節領域が必要という適用条件もある。今後の開発では、持続性に加え、標的ごとの出血リスクや意図しない発現変化も調べる必要がある。
研究結果と実験条件は論文全文で確認できる。
血栓は心血管および脳血管疾患の主要な原因であり、その大部分は血小板の活性化と凝集によって引き起こされます。血小板は造血幹細胞(HSC)から継続的に産生されるため、HSCの産出を永続的に再プログラミングすることは、1回の抗血栓介入のユニークな機会を提供します。本研究では、RNAとして一過性に導入されたDNAメチル化ベースのエピゲノムエディタが、一次ヒトHSCにおいて安定かつ遺伝的に継承可能な遺伝子サイレンスを実現し、長期的な自己複製と巨核球分化を通じても維持されること、さらに標的的な脱メチル化により可逆的であることを示しました。血小板インテグリンβ3を標的とする...
この研究は、造血幹・前駆細胞に設定した遺伝子抑制を、分化した血小板の機能変化につなげた前臨床の概念実証だ。今後の細胞治療開発では、ITGB3やほかの血小板標的について抑制の強さと持続性を比較し、凝集抑制と止血機能の維持との均衡を探る研究に活用できる。別の脱メチル化ツールで発現を回復させた結果も、抑制状態を解除する方法の開発に向けた出発点となる。患者への適用には、生体内での血栓減少と出血に関する安全性、編集細胞の導入・移植、発現回復の方法をさらに検証しなければならない。現在の結果だけでは、既存の抗血小板薬を置き換えたり、1回の治療で長期予防が可能と判断したりする根拠にはならない。