3次元分子橋として働くRNA結合タンパク質hnRNPKによる転写制御メカニズム

背景
ゲノムDNAの中で遺伝子発現を調節する活性部位であるエンハンサーや促進部位であるプロモーターの相互作用は長らく謎とされてきた。エンハンサーは遺伝子から遠く離れているが、3次元空間でクロマチンループを形成しプロモーターと接触することで遺伝子を活性化する。学界ではコヒーシンやメディエーター複合体を主要な結合因子として注目してきた。 しかし、このような物理的接触が実際に遺伝子を転写するRNAポリメラーゼII(Pol II)の集積につながるプロセスは不明だった。特にこれらの領域で転写されるノンコーディングRNAの具体的な構造的役割は解明されていなかった。遺伝子発現の開始メカニズムを解明するには、ループ形成と転写酵素結合を結ぶ分子媒介体を特定する必要があった。
核心的発見
中国科学院(CAS)の薛元超(シェウ・ユアンチャオ)教授の研究チームは、RNA結合タンパク質hnRNPKが2つの領域の通信を主導し、Pol IIを集積させる分子橋であることを明らかにした。研究チームは、RNA相互作用を捉えるRIC-seq(RNA in situ conformation sequencing)やHiChIP、CUT&Tag、超高解像度イメージング技術を用いてこのメカニズムを可視化した。
エンハンサーで転写される活性化RNA(eRNA)とプロモーター周辺の上流反対方向RNA(uaRNA)が結合する際、hnRNPKが2つのRNAに同時に結合する現象が確認された。この複合体形成はクロマチンループ構造の安定化に寄与することが明らかになった。hnRNPKは自ら凝集する液体-液体相分離(LLPS)を誘導し、内部に空洞を持つ凝集体を形成する特性を示した。この凝集体はPol IIのRPB3サブユニットと直接結合し、転写酵素を促進部位へ引き寄せる役割を果たす。
研究チームが細胞内からhnRNPKを急激に枯渇させると、ループ相互作用が弱まり、Pol IIの集積が阻害され、全体的な転写活性が抑制される現象が観察された。さらに、オーグライン症候群(Au-Kline syndrome)の患者におけるhnRNPK遺伝子変異(c.953+1dupG)が引き起こす病理的影響も調査した。変異型マウスモデルでは、hnRNPK凝集体が液状ではなく固形のジェル状態に変化する様子が確認された。この物理的変化がループ形成を妨げ、転写酵素の動員を阻止し、発達障害を引き起こす。
意義と展望
今回の研究は、分子生物学分野の核心的課題であったエンハンサー-プロモーター相互作用が転写につながるメカニズムを明確に解明した。クロマチンループ形成とPol II集積がhnRNPKと相分離現象によって密接に関連していることが確認された。これはRNAが単なる情報伝達者にとどまらず、3次元ゲノム構造を決定し発現を調節する骨格的役割を果たすことを示している。
体内の凝集体の状態変化が疾患の直接的原因であることを証明し、治療薬開発の方向性も新たに提示した。オーグライン症候群のように変異により凝集体がジェル化する現象を防ぎ、正常な液体状態へ還元するアプローチが可能になる見通しが立っている。
ただし、相分離制御技術を医薬品開発に結びつけるには解決すべき課題も存在する。細胞内に存在するさまざまなタンパク質凝集体の中から標的遺伝子にのみ作用する特定の凝集体を選択的に調節する精度が求められる。全身的な転写抑制や副作用を防ぐ薬物送達システムの確立も課題である。
Nature Genetics, Published online: 19 August 2026; doi:10.1038/s41588-026-02711-xEnhancers activate genes through long-range chromatin looping, but how these regulatory elements communicate with gene promoters and trigger transcription has remained unclear. We show that the RNA-binding protein hnRNPK acts as a molecular bridge that connects enhancer–promoter communication with recruitment of RNA polymerase II.
今回の研究成果は、新薬開発分野において相分離現象の調節を標的とする新たな形態の治療薬設計に応用される可能性がある。特にオーグライン症候群のような希少な発達障害の治療薬スクリーニングプラットフォームの構築が有力なシナリオとなる。hnRNPKタンパク質の変異型凝集体が液体からジェルへと変化する過程をリアルタイムで分析し、これを阻止する小分子化合物候補物質を発見する精密分析システムの開発が可能になる。
また、ノンコーディングRNAであるeRNAとuaRNA間の結合を妨害または促進する核酸治療薬の開発により、応用範囲が拡張される可能性がある。転写過程を分子レベルで微細に調整するRNA干渉技術と組み合わせることで、特定の疾患関連遺伝子の発現を精密に制御する精密医療の実現も可能になる。これは従来のタンパク質標的治療薬の限界を克服し、難治性疾患の遺伝的要因を直接攻略する新たな手段を提供すると期待されている。