小児悪性脳腫瘍ATRTの核心的な分子脆弱性XPO1を解明、選択的核輸送抑制の効果を確認

背景
非定型テラトイド/ラブドイド腫瘍(ATRT)は、主に3歳未満の乳幼児の中枢神経系に発生する致命的な悪性脳腫瘍である。診断後の平均生存期間は1年程度と、病状の悪化が非常に早い。成長期の小児患者に対して高用量の化学療法や放射線照射を行うと、脳損傷や発達遅延などの不可逆的な後遺症が残る。過酷な治療に耐えたとしても腫瘍が容易に再発するため、長期生存率は極めて低い。
従来の抗がん治療が失敗し続ける原因は、疾患特有の遺伝的欠陥にある。ATRTの癌細胞は、多くの成人癌で見られる複雑な変数の代わりに、腫瘍抑制遺伝子であるSMARCB1の欠失を共通の特徴としている。単一の腫瘍抑制因子の喪失によって引き起こされる疾患構造上、すでに消失したタンパク質機能を人為的に復活させることは極めて困難であると評価されている。
標的治療薬が存在しないため、臨床現場ではリスクの高い高用量療法に頼らざるを得なかった。この限界を克服するには、癌細胞が生存を維持する過程で異常に依存している代替分子の標的、すなわち「遺伝的依存因子」を発見する必要がある。正常細胞へのダメージを抑えつつ、癌細胞のみを精密に攻撃できる分子レベルの迂回路の探索が切実に求められていた。
核心的な発見
研究チームは、患者由来のATRT細胞株、機能ゲノミクス技術、薬物スクリーニング、トランスクリプトーム解析を組み合わせた多角的な検証に着手した。小児脳腫瘍のトランスクリプトーム・ビッグデータを対照群と比較分析したところ、興味深い差異が捉えられた。他の小児脳腫瘍細胞株と比較して、ATRT細胞では核外輸送タンパク質であるエキスポーチン-1(XPO1, Exportin-1)の発現水準が圧倒的に高かったのである。XPO1は、細胞核内部の腫瘍抑制タンパク質を細胞質へと運び出し、分解を誘導する通路の役割を担っている。
ATRT細胞が実際にXPO1の生存に依存しているかを確認する機能検証段階へと進んだ。CRISPR/Cas9ゲノム編集技術を用いてXPO1の発現を遮断したところ、癌細胞の増殖が即座に停止する様子が確認された。また、6種類の選択的核輸送抑制剤(SINE, Selective Inhibitor of Nuclear Export)化合物を患者由来の癌細胞に投与した際にも、細胞生存率が急激に低下するという結果を得た。生存に不可欠な経路を遮断された癌細胞が、急速に崩壊していく様子が示された。
代表的なSINE系標的薬であるセリネキサー(selinexor)の抗腫瘍メカニズムも具体的に解明された。セリネキサーを投与されたATRT細胞は、細胞周期が停止して休止期であるG0期に留まり、連鎖的な細胞死の経路へと入った。トランスクリプトームデータは、この細胞死プロセスを明確な数値で裏付けている。薬剤投与群において、腫瘍抑制経路であるTP53シグナル伝達系および細胞死遺伝子の発現が急激に上昇した一方で、細胞分裂を調節する遺伝子群は一斉に枯渇した。核の外へ排出されていたTP53タンパク質が核内に閉じ込められることで、腫瘍の自死を誘導する構造が明らかになった。
意義と展望
今回の成果は、難治性小児脳腫瘍であるATRTにおいて、XPO1が癌細胞の生存を支える決定的な遺伝的依存性であり、有効な標的であることを証明した点に意義がある。明確な遺伝的要因が解明されていなかった希少小児癌の分野において、新たな薬物作用点を発見した成果である。すでに成人多発性骨髄腫の治療薬として規制当局の承認を得ているセリネキサーをそのまま活用できるため、開発期間とコストを大幅に削減できる「ドラッグ・リポジショニング(薬物再利用)」研究が活性化することが期待される。
実際の臨床導入には、まだいくつかの検証段階が残されている。薬剤が血液脳関門(BBB)を通過し、腫瘍の中心部まで十分な濃度に到達するかどうかを、生体内(in vivo)動物モデルで追加確認する必要がある。また、成人臨床で頻見される血小板減少症、悪心、倦怠感などの副作用に、脆弱な乳幼児患者が耐えられるよう、細かな用量設計が今後の課題として挙げられる。長期投与時に発生し得る標的結合部位の変異や薬剤耐性を防ぐための、併用療法の探索も不可欠な研究課題である。
BACKGROUND: Atypical teratoid/rhabdoid tumor (ATRT) is an aggressive central nervous system tumor mostly affecting young children. Improved and less toxic therapies for children with ATRT are imperative due to the toxicities associated with current treatments. Furthermore, existing therapies do not address the underlying genetic drivers of ATRT. In this study, we sought to determine whether exportin-1 (XPO1) is a genetic dependency and therapeutic target in ATRT. METHODS: We utilized an integrative approach harnessing patient-derived ATRT cell lines, functional genomics, pharmacologic assays, transcriptomics, and RESULTS: Analysis of RNA-sequencing datasets revealed high XPO1 expression in ATRT cells compared to other pediatric brain tumor cell lines. Both CRISPR/Cas9 genetic knockdown and pharmacologic inhibition of XPO1 using 6 selective inhibitors of nuclear export (SINEs) in patient-derived atypical teratoid/rhabdoid tumor (ATRT) cells led to significant reduction in cell viability and proliferation. Furthermore, we observed increased apoptosis, G0 phase cell cycle arrest, and upregulation of TP53 signaling pathways in cells treated with the SINE selinexor. Consistently, our transcriptomic data revealed the upregulation of apoptosis and TP53 signaling pathways and concomitant depletion of cell cycle gene sets. CONCLUSIONS: Our data reveals XPO1 as a novel genetic dependency and potent therapeutic target in ATRT.
研究チームが解明したXPO1抑制戦略は、脳への放射線照射が不可能な3歳未満の乳幼児患者群のための、カスタマイズされた複合治療法に直結する。標準的な抗がん化学療法の投与量を抑える代わりに、経口用セリネキサーを併用する臨床プロトコルの設計が代表的な適用モデルとなる。薬剤の相互作用によって抗腫瘍効果を維持しつつ、全身毒性を軽減することで、小児患者の脳の発達へのダメージを防ぐことができる。術後の微小な残存腫瘍の除去や再発防止のための、低用量長期維持療法への拡張も期待される。診断時に腫瘍組織のXPO1発現量を測定し、高リスク患者群を選別して投与する精密医療(プレシジョン・メディシン)体制の構築につながる可能性がある。