広域中和抗体Ab401のmRNA送達、マウスのサルベコウイルス感染による被害を軽減
変異の影響を受けにくい抗体を探す
広域中和抗体Ab401をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)を感染前に投与すると、マウスでSARS-CoV-2およびコウモリ由来サルベコウイルスの感染による体重減少と死亡が抑えられた。PNASに発表された今回の前臨床研究は、抗体候補の探索と構造解析に続き、抗体タンパク質の代わりに遺伝情報を送達する方法の可能性を検討した。
SARS-CoV-2の抗原変異は、既存の抗体が認識する部位を変化させ、中和活性を低下させることがある。研究チームは、複数のサルベコウイルス間で比較的保存されているスパイク領域を標的とした。ワクチンへの反応が十分でない可能性のある免疫不全者の予防手段や、動物由来ウイルスが将来ヒトに感染する事態に備える候補の探索が目的だ。
チームは、感染後にワクチンを接種した参加者1人から時系列で採取した検体を用い、受容体結合ドメイン(RBD)を標的とする広域中和抗体20系統を単離した。最も広い中和範囲を示した5種類の抗体は、それぞれXBB.1.5やJN.1を含むSARS-CoV-2変異株と他のサルベコウイルスで構成される18種類のシュードウイルスパネルすべてを中和した。この結果は試験したパネル内のウイルスに関するもので、すべてのサルベコウイルスに有効という意味ではない。
感染2日前に投与したAb401の防御効果
Ab401とRBDの複合体を2.6 Åの分解能で解析した結晶構造から、抗体が保存されたクラス1/4部位を認識することが分かった。抗体重鎖の相補性決定領域3(CDRH3)ループはRBDと水素結合を形成する。この結合様式は、複数のサルベコウイルスを認識する構造的根拠となる。
動物実験には、ヒトのアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を発現するK18-hACE2マウスを用いた。研究チームは、Ab401タンパク質20 mg/kg、または抗体の重鎖・軽鎖をコードするmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に封入した製剤を、いずれも眼窩後経路で投与した。mRNAの投与量はマウス1匹あたり30 μgだった。対照群には空のLNPを投与し、各処置・ウイルスの組み合わせにつき6匹を用いた。2日後、SARS-CoV-2_WA1またはコウモリ由来のBANAL-236をそれぞれ100万プラーク形成単位(PFU)で経鼻感染させた。
感染直前の血清Ab401濃度の中央値は、タンパク質群で92 μg/mL、mRNA群で18 μg/mLだった。血漿中和抗体価もmRNA群の方が低かった。したがって、mRNA送達がタンパク質投与より強力だったと解釈する根拠はない。WA1感染後10日目まで、タンパク質群は6匹全て、mRNA群は5匹が生存した。両抗体群は感染前の体重を維持した一方、対照群は全て9日以内に死亡した。
BANAL-236感染では、両抗体群とも体重を維持して生存した。このモデルでは同ウイルスの病原性はWA1より低かった。対照群では大幅な体重減少が見られたものの、死亡したのは1匹だった。2つの感染条件を同じ致死性として扱えない理由である。
ヒトへの応用に向け、発現量と持続性の検証が必要
今回の結果は、mRNA-LNPが広域中和抗体を送達する選択肢になり得ることを示す。抗体配列を変更して候補を更新できる点も、開発上の利点として期待される。ただし、この実験では製造費の削減率や保管・流通上の利点を定量的に検証していない。
防御効果が確認されたのは、感染前投与と感染後10日間の観察という条件に限られる。感染後の治療効果、長期防御、ヒトでの安全性と予防効果は別途検証が必要だ。研究チームは、mRNA抗体送達を非ヒト霊長類やヒトに応用する際、発現量の低さが障壁になっていたと説明した。抗体探索も参加者1人から始まったため、多様な人々で同じ反応を誘導できるかは今後の研究課題となる。
研究設計と結果はPNAS論文および提供された公開全文に記載されている。
Proceedings of the National Academy of Sciences, Volume 123, Issue 24, June 2026. SignificancePan-sarbecovirus broadly neutralizing antibodies (bNAbs) are urgently needed to combat SARS-CoV-2 variants, mitigate future zoonotic spillover, and inform vaccine design. Here, we describe the isolation of bNAb lineages from a participant with ...
ワクチン接種だけでは十分な防御を得にくい免疫不全者に、感染前に中和抗体を供給する戦略が開発目標になり得る。今回の研究は、Ab401タンパク質だけでなく、それをコードするmRNAもマウスで予防的な防御効果を示したという根拠を加えた。例えば免疫不全者の曝露前予防候補として開発するには、ヒトで安全に必要な抗体濃度を確保する方法と、その濃度がどれほど維持されるかを確かめる必要がある。保存されたRBDを認識する構造情報は、広域中和抗体反応を誘導するワクチン免疫原の設計にも活用できる。ただし今回の結果は、患者への予防投与や感染後治療の有効性を裏付ける臨床的根拠ではなく、実用化にはヒトでの発現・安全性・有効性の検証が残されている。