AIでカスタム設計されたDNA調節配列が、マウス胚内で標的組織を100%活性化

背景
生物の発達過程において、遺伝子はきわめて精密な時間的・空間的調整の下で機能する。その調整の中心的な役割を担うのが、タンパク質を符号化しない非符号領域に存在するDNA配列の「インハンサー(Enhancer)」である。これらは特定の組織で遺伝子発現を制御し、個々の細胞が独自の機能を持つ基盤となる。これまでのゲノム学研究では、自然界に存在するインハンサーの発見に注力してきた。しかし、膨大な塩基配列の組み合わせの中から特定の組織に作用するインハンサーを発見することは非常に困難であった。
近年、AI技術の進歩により、DNA配列の予測や再設計を試みる動きが活発化している。遺伝子調節配列の文法を解読する試みは、これまでに果蝇や培養細胞株レベルにとどまっていた。哺乳類の体内環境ははるかに複雑で精密に制御されているため、実際に動物組織で機能するインハンサーを設計することは不可能に近いとされてきた。胎児内部のシグナル伝達システムや塩基質の状態が人工インハンサーの正常な機能を妨げるためである。このため、体内で正確に機能するカスタム制御配列の設計技術が継続的に求められてきた。
核心的発見
オーストリア・ウィーンの分子病理学研究所(IMP)のチェンジ・チェン博士とアレクサンダー・スターグ教授の共同研究チームは、哺乳類体内で標的組織に特異的に作用する人工インハンサー設計AI「ディープスター・マウス(DeepSTARR-Mouse)」を開発した。このモデルは1,001塩基対(bp)の長さのDNA配列を入力として、クロマチンアクセス性とインハンサー活性を予測する。研究チームはまず、マウス胚組織のゲノムワイドクロマチンアクセス性データ(ATAC-seq)を用いてモデルの基本認識能力を育成した。その後、VISTAインハンサーブラウザの検証データを活用し、組織特異的活性を微調整する転移学習を実施した。その結果、マウス胚の中枢神経系(CNS)、心臓、四肢(limb)の部位で選択的に機能する15個の人工インハンサー配列を導出することに成功した。設計された配列の有効性を検証するため、研究チームは形質転換マウス胚(発達11.5日目、E11.5)を用いたレポーター遺伝子分析試験を実施した。分析結果、設計された15個の配列すべてが標的組織で正確に活性化され、100%の成功率を示した。これは人工DNA配列によって哺乳類胚の遺伝子発現を完全に制御した初の事例である。
意義と展望
今回の研究は、ゲノム工学のパラダイムを自然界の配列を複製する段階から、目的に応じて直接的に設計するレベルに進化させた。遺伝子治療の安全性を大幅に向上させる突破口を開いたと評価されている。従来の遺伝子治療薬の送達ベクターであるアデノ関連ウイルス(AAV)ベクターは、全身投与時に肝臓など非標的臓器で意図しない発現を引き起こし、毒性を生じる問題があった。AIで設計されたインハンサーを活用すれば、標的細胞以外での発現を遮断できるため、副作用のリスクを大幅に軽減できる。
ただし、実際の臨床応用には解決すべき現実的な障壁が残っている。今回の検証は胚発達段階でのものであるため、成体や病変組織環境でも同じ精度が保証されるかは未解明である。また、1,001bpの比較的長い人工インハンサー配列を容量に制限のあるウイルスベクターに圧縮して収める軽量化技術も検討しなければならない。最終的にはマウスからヒト細胞株および臨床研究での精度検証を経て、実用化段階に進む見通しだ。
Nature Genetics, Published online: 25 August 2026; doi:10.1038/s41588-026-02729-1研究者らは、哺乳類の特定組織で活性化される合成転写インハンサーをAIで設計し、マウスでの機能検証を行った。このアプローチは、合成生物学および遺伝子治療における高度な遺伝子発現制御を可能にする。
例えば、心筋に発生した遺伝的損傷を修復する遺伝子治療薬を開発する際、AI設計技術は心筋細胞のみで強力に遺伝子を発現させる人工インハンサーを提供できる。従来の心臓特異的プロモーターは発現強度が弱かったり、肝臓など他の臓器での発現漏れ(leakage)が頻繁に発生していた。この技術を導入すれば、心筋細胞以外の領域での意図しない発現を完全に遮断し、安全性を最大化しながら治療効率を飛躍的に高めることができる。神経変性疾患においても、ドーパミン神経細胞や特定のニューロングループを標的とする微細な制御配列を挿入し、脳全体に広がる薬物毒性を劇的に抑制する見通しがある。